そもそもうつ病とは?
うつ病(うつびょう、鬱病、欝病)とは、精神障害の一種であり、抑うつ気分、意欲・興味・精神活動の低下、焦燥(しょうそう)、食欲低下、不眠などを特徴とする精神疾患である。
双極性障害(躁うつ病)と区別するために「単極性うつ病」と呼ばれることもある
●うつ病の定義
うつ病は他の精神疾患と同様、原因は特定されていないため、原因によってうつ病を分類したり定義したりすることは現時点では困難である。
「うつ病」に相当する英語は“depression”であるが、“depression”は疾病全体を指すこともあれば抑うつ気分などの症状、さらには一時的な落ち込みなどを指すこともあり、日本語の「うつ病」と完全に同一ではない。
以前は内因が関与している内因性うつ病と心因が強く関与している心因性うつ病(神経症性うつ病)とに分けて論じられることが一般的であった。
しかし上述のように原因による分類・定義が困難なため、1980年にアメリカ精神医学会が「精神障害の分類と統計の手引第3版(DSM-III)」を発表してからは、これら操作的診断基準によって分類することが一般的となった(#分類の項も参照)。
「うつ病」という用語は、狭い意味では「精神障害の診断と統計の手引き第4版(DSM-IV)」における、大うつ病性障害(英語:major depressive disorder)に相当するものを指しているが、広い意味でのうつ病は、一般的には抑うつ症状が前景にたっている精神医学的障害を含める。
そのなかには気分変調性障害をはじめとする様々なカテゴリーが含まれている。
操作的診断による「大うつ病性障害」などの概念と、従来診断による「内因性うつ病」などは同じ「うつ病」であっても異なる概念であるが、このことが専門家の間でさえもあまり意識されずに使用されている場合があり、時にはそれを混交して使用しているものも多い。
そのため一般社会でも、精神医学会においても、うつ病に対する大きな混乱が生まれており、注意が必要である。
この記事では、主には(DSM-IVおよびそのテキスト改訂版であるDSM-IV-TRに基づく)「大うつ病性障害」について記述しているが、記事内でも様々な定義による「うつ病」の概念が使用されている。
●「うつ状態」と「うつ病」
うつ状態、抑うつ症状を呈するからといって、うつ病であるとは限らない。
抑うつ状態は、精神医療において最も頻繁に見られる状態像であり、診療においては「熱が38度ある」程度の情報でしかない。
状態像と診断名は1対1対応するものではなく、抑うつ状態は、うつ病以外にも様々な原因によって引き起こされる(#鑑別疾患参照)。
また、うつ状態のうち、大うつ病エピソードとして扱われるのは、DSM-IVの診断基準に従って、「薬物依存以外、身体疾患以外、死別反応以外のもので、2週間以上にわたり毎日続き、生活の機能障害を呈している。」というある程度の重症度を呈するものである。
DSM-5では「死別反応」もうつ病に該当する様になった。
●うつ病の病態
うつ病は、単一の疾患ではなく症候群であり、さまざまな病因による亜型を含むと考えられる。
いわゆる「典型的」なうつ病(内因性うつ病)の場合、セロトニンやノルアドレナリンなどの脳内の神経伝達物質の働きが悪くなっていると推測されている(#モノアミン仮説)。
性格や考え方の問題ではないと考えられている。
この場合、通常は抗うつ薬がよく効き、治療しなくても時間が解決する場合もあると言われている。
一方、心理的要因が多いと思われるうつ病では、原因となった葛藤の解決や、葛藤状況から離れることなどの原因に対する対応が必要である。
●うつ病分類
うつ病などのうつ症状を呈する精神疾患の分類方法は多様である。
【操作的診断基準(DSM-IV, ICD-10など)による分類】
1980年にアメリカ精神医学会が「精神障害の分類と統計の手引第3版(DSM-III)」を発表し、「うつ病性障害」を、ある程度症状の重い「大うつ病」と、軽いうつ状態が続く「気分変調症」に二分した。
原因による分類・定義が現時点では困難であるため、1994年に発表された「精神障害の診断と統計の手引き第4版(DSM-IV)」「疾病及び関連保健問題の国際統計分類 第10版(ICD-10) 第5章 精神および行動の障害」でも、基本的にはDSM-IIIのうつ病性障害の診断分類の構成が継承されている。
【古典的分類】
古典的分類(従来診断)では、疾患の成因についての判断が優先され、「心理的誘因が明確でない内因性うつ病」と、「心理的誘因が特定できる心因性うつ病」の二分法が中心となっている(狭義には前者が“うつ病”とされ、心因性のものは「適応障害」などに分類されることも多い)。
操作的診断基準は、診断一致率の高さなどのため研究や統計に有用と考えられ、うつ病に関するほとんどの研究・統計にはDSM-IVやICD-10が使用されている。
一方、臨床場面では心理的誘因の評価が治療において重要であり、従来の枠組みによる考え方が有用な場合もある。
例えば、“心因性のうつ”では、原因から遠ざかれば一晩で元気になる可能性もあり、治療や環境変化などへのレスポンスが大きく異なっている。
【重症度による分類】
DSM-IVにおいては、大うつ病性障害の診断を満たすものについて、さらに、「軽度」(いくつかの愁訴が最低限の基準に該当する)、「中等度」、「重度」(社会的や職業的能力を妨げている)に分類される。
「精神病性の特徴(妄想・幻覚など)を伴うもの」(一般に「精神病性うつ病」とも呼ばれる)は「重度」にランクされる。
症状が改善して診断基準を満たさなくなったものの、一部の症状が残存しているものを「部分寛解」という。
【病相の回数による分類】
うつ病相が1回のみの単一エピソードうつ病に対して、うつ病を繰り返すものを反復性うつ病という。
【治療反応性による分類】
DSM-IVなどには定義されておらず、基準は曖昧であるが、研究などでは「少なくとも2つ以上の抗うつ薬を十分な量・長期にわたり投与しても症状が改善しないケース」を治療抵抗性うつ病(英語版)あるいは難治性うつ病ということが多い。
【病前性格による分類】
心理学的成因仮説の代表は、病前性格論である。
かつてうつ病にかかりやすい患者の病前性格としてメランコリー親和型性格者が多い事が統計的に確認されていたが、現代ではうつ病概念の拡大や社会状況の変化に伴い、うつ病に特異的な病前性格は見いだせなくなっている。
メランコリー親和型性格は1961年にテレンバッハが提唱したもので、秩序を愛する、几帳面、律儀、生真面目、融通が利かないなどの特徴を持つ。
内因性うつ病はこの対応を指す。
主として反復性のないうつ病を呈するとされる。
循環性格はエルンスト・クレッチマーが提唱したもので、社交的で親切、温厚だが、その反面優柔不断であるため、決断力が弱く、板挟み状態になりやすいという特徴を持つ。
躁うつ病の病前性格の一つであるとされる。
執着性格は1941年に下田光造が提唱したもので、仕事熱心、几帳面、責任感が強いなどの特徴を持つ。
反復性うつ病ないし躁うつ病の病前性格の1つであるとされる。
ディスチミア親和型は2005年に樽味伸が提唱したもので、メランコリー親和型と比してより若年層に見られる。
社会的役割への同一化よりも、自己自身への愛着が優先する。
また成熟した役割意識から生まれる自責的感覚を持ちにくい。
ストレスに対しては他責的・他罰的に対処し、抱えきれない課題に対し、時には自傷や大量服薬を行う。
幼い頃から競争原理が働いた社会で成長した世代が多く、現実で思い通りにならない事態に直面した際に個の尊厳は破れ、自己愛は先鋭化する。回避的な傾向が目立つ。
ディスチミア親和型 | メランコリー親和型 | |
年齢層 | 青年層 | 中高年層 |
関連する気質 | スチューデント・アパシー 退却傾向と無気力 | 執着気質 メランコリー性格 |
病前性格 | 「自己自身(役割ぬき)への愛着 規範に対して『ストレス』であると抵抗する 秩序への否定的感情と万能感 もともと仕事熱心ではない | 社会的役割・規範への愛着 規範に対して好意的で同一化 秩序を愛し、配慮的で几帳面 基本的に仕事熱心 |
症候学的特徴 | 不全感と倦怠 回避と他罰的感情(他者への非難) 衝動的な自傷、一方で「軽やかな」自殺企図 | 焦燥と抑制 疲弊と罪業感(申し訳なさの表明) 完遂しかねない「熟慮した」自殺企図 |
薬物への反応 | 多くは部分的効果に留まる(病み終えない) | 多くは良好(病み終える) |
認知と行動特性 | どこまでが「生き方」でどこからが「症状経過」か不分明 | 疾病による行動変化が明らか |
予後と環境変化 | 休養と服薬のみではしばしば慢性化する 置かれた場・環境の変化で急速に改善することがある | 休養と服薬で全般に軽快しやすい 場・環境の変化は両価的である(時に自責的となる) |