●読書療法
プラセボ効果を研究するハル大学のアービング・カーシュ博士は、認知行動療法(CBT)を受けなくても、そのメリットの多くを得ることができる方法として読書療法を薦めており、臨床試験で良い結果が得られたものの中から2冊を紹介している。
『うつのセルフ・コントロール』(熊谷久代訳、創元社、1993年)、『いやな気分よ、さようなら―自分で学ぶ「抑うつ」克服法』(デビッド・D・バーンズ、星和書店、2004年)はいずれも認知行動テクニックに関する本である。
『いやな気分よ、さようなら』の臨床試験では、短期的には、標準的なCBTを実際に受けた人のほうが改善の度合いが高かったが、3ヶ月後には同等になった。
3年間の追跡調査から効果が持続的であることも示唆されている。
注意点は、読書療法の臨床試験は中程度のうつ病のみを対象として行われたことである。
軽度〜中程度のうつ病であれば、代替法として妥当だが、重度のうつ病にはどのような効果を発揮するのか分かっていない。
●運動療法
貧困、失業、大切な人との離別などがうつを引き起こすこともあるが、これらの社会的、状況的原因は薬によって変えることはできないが、薬で心理状況の改善はできる。
これらの社会的、状況的原因は変えることはできないが、この場合、運動などが有効である。
また、運動療法は薬物療法に比べてうつが再発する可能性が低い。
1800年代初め、アメリカ合衆国で広く利用されたスコットランドの医師ウィリアム・バカン(William Buchan)の医学書『Domestic Medicine』は、憂うつの治療について、「患者はできるだけたくさん戸外で運動すべきである…こうした計画に食生活の厳格な節制を加えるなら、ただ患者を家の中に閉じ込めて薬漬けにするよりも、治療法としてはるかに理にかなっていると述べている。
2004年、英国国立医療技術評価機構(NICE)は「抗うつ薬はリスク便益比の観点から、軽度のうつの初期治療には推奨できないとしている。
寧ろ、医師は薬物以外の代替法を試し、「軽度のうつ病患者には年齢を問わず、構造化された指導付き運動プログラムのメリットを推奨すべきだとしている。
2007年、NICEのガイドライン(現在は失効)によれば、フィジカルトレーニングは軽度の抑うつ治療に推奨されるとされたが、2009年に改定されたガイドラインCG90からは削除されている。
2009年、イギリスの総合診療医(GP)の20%以上(2004年の4倍)が抑うつ症状の患者にしばしば運動療法を「処方」している。
短期的には、6週間以内に著しい改善があり、効果は大きく、抑うつ症状のある患者の70%が運動プログラムに反応したという研究報告がある。
長期的にも多くの副効果(心臓血管機能・認知機能・性的機能・筋力・社会性の向上、高血圧・睡眠の改善)がある。
2009年、プラセボ効果を研究するハル大学のアービング・カーシュ博士は、運動にも心理療法や抗うつ薬と同等の効果があると紹介している。
薬物療法や心理療法ほど多面的な研究はなされていないが、効果を評価する臨床試験は沢山行われている。
主に中程度〜重度の症状に効果があり、定期的に続ける限り持続し、時間が経過すると効果が大きくなる。
さらに、疫学的研究から予防効果も示唆されている。運動の種類は「ウォーキング(有酸素運動)」「ウェイトトレーニング(無酸素運動)」など何でも良く、20分の運動を週3日行えば十分効果がある。
ただし、運動と抗うつ薬を併用するより、運動のみのほうが効果が高い。
臨床試験の欠陥を理由に運動の効果が否定されることがあるが、抗うつ薬の臨床試験にも欠陥が存在している。
重度のうつ病には運動でさえもおっくうで不可能な場合がある。
2012年、日本うつ病学会のガイドラインは「本来軽症に限った治療法ではない」と断った上で、軽症のうつ病への適用について、「運動を行うことが可能な患者の場合、うつ病の運動療法に精通した担当者のもとで、実施マニュアルに基づいた運動療法が用いられることがある。一方で運動の効果については否定的な報告もあり、まだ確立された治療法とは言えない」と述べている。
2013年、コクラン・ライブラリによれば、運動の効果は心理療法や薬物療法と同程度である。
なお、精神科に入院している患者は統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害が多く、うつ病は少ない。
●●●その他の治療法●●●
その他、限定的に行われる特殊な治療法や、実験的段階にあるものとして以下のようなものが挙げられる。
●電気けいれん療法 (ECT)・・・・・私の知り合いは、これで劇的にうつ病がよくなった。
頭皮の上から電流を通電し、人工的にけいれんを起こすことで治療を行う。
薬物療法が無効な場合や自殺の危険が切迫している場合などに行う。
最近は全身麻酔を使用した苦痛のない方法がとられることがほとんどである(そのため入院も可能な大病院でしかできない)。
安全管理も慎重に行われるようになった。
前述の場合に有効性が高い治療法であると考える臨床家も多く、保険診療でも認められている。
その一方で、薬物療法など他の方法が功を奏さない場合に限るとするなど慎重な適用を求めるものもいるほか、この治療そのものを勧めない精神科医もいる(電気けいれん療法#勧めない精神科医もいる参照)。
●経頭蓋磁気刺激法 (TMS)
頭の外側から磁気パルスを当て、脳内に局所的な電流を生じさせることで脳機能の活性化を図るもの。
日本では保険は未承認。
6週間治療での寛解率は27%程度、続く24週間治療での寛解率は50-60%程度。
副作用としては、刺激部位の痛みや不快感、頭痛など。
●断眠療法
うつ病患者が夜間眠らないことでうつ症状が急速に改善するという治療法である。
薬物治療への効果が乏しく、うつ状態が長く続いているような場合に施行される。
効果が持続しにくく、その場合、薬物療法や光療法を併用する。
●光療法
強い光(太陽光あるいは人工光)を浴びる治療法。過食や過眠のあることが多い、冬型の「季節性うつ病」(高緯度地方に多い冬季にうつになるタイプ)に効果が認められている。
冬季うつ病の第一義的な治療法は光療法とされ、抗うつ剤よりも有効性が高いことが確認されている。
また、光療法が非季節性のうつ病の治療に有効であることが実証された。
光療法がうつ病に効果があるかどうかは古くから検討されてきたものの、有効、無効の両方の報告があり、有効であることの決定的な証拠はなかったが、最新の研究成果によりその有効性が実証されるに至っている。
季節性うつ病の場合は双極性障害の可能性を念頭に置かねばならない。
●ハーブの利用
ハーブとして利用されているセント・ジョーンズ・ワートは、ドイツをはじめいくつかの国では軽度のうつに対して従来の抗うつ薬より広く処方されている。
日本ではサプリメントとして市販されている。
副作用があり、日本での治療エビデンスは希薄である。
臨床研究の結果は成否さまざまで、軽度から中程度のうつに対して有効でかつ従来の抗うつ薬よりも副作用が少ないとする研究がある一方で、プラセボ以上の効果は見られないとする研究もある。
コクランレビューによる2008年の報告によると、これまでのエビデンスからプラセボ群より優れた効果を示し、標準的な抗うつ薬と同等に効果があるが副作用は小さいことが示唆されるという。
ただし重度の抑うつには効果が弱いとされるほか、同時に服用した他の薬の効果に干渉することがあるため注意が必要とされる。
セント・ジョーンズ・ワートにおいてもセロトニン症候群の可能性があるので、注意が必要である。