●日本におけるうつ病治療の現状
日本における現在のうつ病治療の中心は、薬物療法である。
日本うつ病学会では、厚生労働省からの依頼により、抗うつ薬の副作用をはじめとする薬物療法に関する諸問題を専門家の立場から検討し、適正な抗うつ薬使用法を提言するため、学会内に「抗うつ薬の適正使用に関する委員会」を2009年に設立している。
比較的最近、欧米を中心に気分障害に対する精神療法(認知行動療法、対人関係療法、問題解決療法等)や家族心理介入の有効性についてのエビデンスが次々と発表されるようになっており、日本でもデータの蓄積と薬物療法の限界が強調される傾向とがあいまって、必要性が見直されており、2010年の日本うつ病学会の提言では「薬物療法などの生物学的治療法と、精神療法などの心理学的治療法は車の両輪であり、両者がそろって初めて最適な治療となることは論を俟たない」と述べられている。
また、2012年の日本うつ病学会のガイドラインでも「認知行動療法あるいは対人関係療法と薬物療法を併用した場合は薬物療法単独に比べて再発予防効果が高いことが立証されている」と述べている。
また、不安障害、パーソナリティ障害の合併例では薬物療法に加えて精神療法の併用が勧められる。
上記提言によると、日本で心理療法が十分に行われていない理由としては、
1.認知行動療法ができる心理専門職の不足
2.患者数の著しい増加により、一人の患者に十分な時間がかけにくい
3.薬物療法が進歩した結果、患者・医師双方にとって複雑、時に難解で時間のかかる精神療法を行わなくても、薬の服用のみで十分という風潮が生じている
4.薬物療法に比べて、精神療法の有効性についてのデータが相対的に少なく、積極的な精神療法への動機付けが乏しい
などが挙げられ、その対策として、人材不足の解消、心理職の国家資格化、保険診療化などを提唱している。
●うつ病の予後
大うつ病は、治療の有無に関わらず時間が解決することが多い。
うつの外来患者リストの10 - 15パーセントは数ヶ月以内に減少し、約20パーセントはもはやうつ病基準を完全には満たさない。
エピソードの中央値は23週と推定されており、最初の3ヶ月間で回復する率が最も高い。
日本での研究では、6か月程度の治療で回復する症例が、50パーセント程度であるとされ、多くの症例が、比較的短い治療期間で回復する。
しかし、一方では20パーセント程度の症例では、1年以上うつ状態が続くとも言われ、必ずしもすべての症例で、簡単に治療が成功するわけではない。
また、一旦回復した後にも、再発しない症例がある一方、うつ病を繰り返す症例もある。
うつ病では海外諸国におけるうつ病の自殺率は、最近の報告では59/100,000と極めて低く推測されている。
●うつ病の再発率
研究では、初めて大うつ病を経験した人の80%が一生で1回以上の再発を経験し、その平均は4回であった。
他の一般的な調査では、約半数が治療を行ったかどうかに関わらず回復しているが、残りの半数は最低1回は再発し、およそ15%は慢性的な再発を繰り返す。
再発率は、うつを繰り返すたびに高くなる傾向にあり、初発の場合の次回再発率は50パーセント、2回目の場合75パーセント、3回目の場合は90パーセントにものぼる。
●うつ病の診療科・医療機関
うつ病は早期発見が重要なファクターだが、「心の変調」に自分(または周囲)が気づいた場合でも、どの医療機関を受診すれば良いのか分からず、近所の内科などにかかることも少なくなく、症状を進行させてしまう場合がある。
うつ病を適切に診断・治療する診療科は精神科・神経科・心療内科である。
なお、神経内科は神経専門の診療科なのでうつ病は扱わない。
ただし、近年は「精神科」と聞いて抵抗感を持つ患者や家族も少なくなく、そのため医院の屋号にこれらの診療科の名前を出さなかったり、「メンタルクリニック」「こころクリニック」の名前を使う医院も多い。
各自治体の保健所や精神保健福祉センターでは、無料かつ匿名で「心の変調」やメンタルヘルスの相談に応じ、医療機関も紹介してもらえる。
学生の場合は、児童相談所やスクールカウンセラー、保健センターなどでも良い。
意外に思われるかもしれないが、保健所の業務の6割は精神保健に関するものである。
●社会におけるうつ病
米国では、うつ病による経済損失は5兆円におよぶと試算されており、その内訳は生産性低下53%、医療費28%、自殺17%である。
うつ病は現在では一般に広く知れ渡っているが、以前は「怠け病」などと呼ばれていた。
現在でも、特に軽度のうつ病の場合、怠けているだけと思われることが多い。
「誰でもかかる可能性がある」「罹患し易い」ことを表した『うつ病は心の風邪』という言葉が、一部における「うつ病は放っておいても簡単に治る」という誤解に繋がっている。
●最近のうつ病のトピックス
2011年には、山形県鶴岡市にあるヒューマン・メタボローム・テクノロジーズおよび東京小平市の国立精神・神経医療研究センターが血液中のエタノールアミンリン酸で大うつ病を診断できると発表した。
同年、広島大学などの研究グループは、血液中のBDNF遺伝子のメチル化を調べることで大うつ病を診断できる可能性があると発表したが、臨床応用できる段階ではない。
今後、研究レベルでは、うつ病等の精神疾患を客観的に診断できるマーカーを探索するために、健常者および患者の血液を用いて、プロテオミクスあるいはメタボロミクスが積極的に行なわれると考えられる。
社会的に普及するかどうかは医療保険適応か先進医療か等の費用の程度が大きな問題である。
100%やそれに近い精度では診断できないため、慎重な運用が求められる。
また、現在のうつ病性障害関連の研究は、大うつ病のみが対象であることがほとんどである。