ベックとエリスは、それぞれ精神分析学を学んだ精神科医と心理学者であり、マイケンバウムは行動療法を行っていた心理学者である。
彼等の共通点は、外的な出来事が感情や身体反応を直接引き起こすのではなく、そうした出来事をどのように認知するかによって身体反応や感情、行動が異なってくるとし、精神疾患やそれに対する心理療法における「認知」の役割を重視した点にある。
●認知とは
認知療法における認知とはたいていの場合「言語化された思考」を指す。
これは認知心理学の認知と必ずしも一致しない臨床上の緩やかな概念である。
本稿では便宜的に単に認知と書いた場合、認知療法としての認知を指すこととする。
人間は世界のありのままを観ているのではなく、その一部を抽出し、解釈し、帰属させているなど「認知」しているのであって、その認知には必ず個人差があり、客観的な世界そのものとは異なっている。
それゆえ、誤解や思い込み、拡大解釈などが含まれた自らに不都合な認知をしてしまい、結果として様々な嫌な気分(怒り、悲しみ、混乱、抑うつ)が生じてくると仮定している。
認知療法では不快な気分や不適切な行動の背景として「考え方」つまり「認知」に着目し、この不都合な認知⇒気分の流れを紙などに書いて把握すること、また、それらに別の観点を見つけるべく紙に書いて修正を試みる事が根幹である。
そのために根拠を問うたりする。
それらの気分を生じさせる拡大解釈やなどをアーロン・ベックに学んだデビッド・D. バーンズ(英語版)の1989年の著作The Feeling Good Handbookでは "Cognitive distortion"(認知の歪み)いう。
●認知療法
認知療法では認知の歪みに対し、反証や多面的解釈を生み出す手助けをする。
このように自らが認知を修正することによって、身体反応が軽減したり、苦しみの少ない方向に情動が変化したり、より建設的な方向に行動出来るようになったりするとの説がある。
認知療法には、クライエントの「認知」に働きかける数多くの技法が存在する。
ネガティブな思考の記録(いわゆるコラム法)、思考の証拠さがし、責任帰属の見直し、損得比較表(元々、フランクリンの表と呼ばれるもの)、認知的歪みの同定、誇張的表現や逆説の利用、症状や苦痛の程度についてスケール(尺度)で表現、イメージの置き換え、認知的リハーサル、自己教示法、思考中断法、気晴らしの利用、直接的な論争……。
他にも、活動スケジュールを記録する等、行動療法で使われてきた多くの技法についてもベックもエリスも当初から積極的に自らの療法に取り入れていった。
●認知療法の課題
一般的に鬱病の治療として薬物療法とは別のアプローチとして利用されている。
但しコラム法は自動思考と分析という時間と体力、気力を多大に必要としている。
それ故に鬱病の急性期としては適切な治療方法として利用しにくい。
コラム式は思い込みの自己否定思考している場合は有効だが自動思考で自分の行動に正当性があり自分を責めないケースでは使えない。
●認知療法による治療
治療は一般的に医師や心理カウンセラーのもとで行われるが、最近では、認知療法を対話形式で行うことができる書籍も出版されている。
書籍やメディアでもてはやされるほどには、治療者がいないのが現状である。
●認知療法の効果
うつ病や不安障害に科学的に証明された確実な効果が認められている。
他の治療法より短い時間で効果が大きいことが証明されている。
アメリカの保険会社やイギリス政府は治療効果を承認している。
●認知療法の効果に関する議論
認知行動療法(CBT)に関する概念や効果研究の方法について、諸問題が提起されています。
1. CBTの基礎概念では、マイナス思考がうつ病の原因であるとされています。
しかし、医学・精神医学の中では、症状が病気の原因になっているのはこれが 唯一の例です。
また、「私はどうでもいい人間」や「私はだめな人間」のようなマイナス思考が、うつ病の根底にある憂うつ気分の二次的な反応という解釈もできます。
希望や支えを与えると患者は楽になりますが、うつ病そのものは治療されません。
また、うつ病の臨床試験の場合、プラセボ(薬理効果をもたらす成分が入っていない偽薬)の投与群でも、うつ症状がある程度改善することがよく知られています。
そのため、効果的な薬剤を服用している希望や期待によってマイナス思考が改善したと思われ、CBT効果と同じ現象ではないかと示唆されます。
2. CBTの効果研究の方法が、ダブルブラインド(二重盲検)でないことが問題とされています。
患者と治療者の両方が治療内容がCBTであることを明確に認識 している場合(ダブルブラインドでない)、それによってバイアス(希望による期待)が生じる。
そのため、明らかにCBTでない対象群より、よくなりたい患者の症状の方がある程度和らげられ、結果として「CBTがより効果的だ」という誤った結論になってしまいます。
また、研究の評価者は治療内容を認識していないが、患者と治療者の両者が認識しているシングルブラインド(単盲検)の効果研究方法は妥当性に欠けてしまいます。
2010年に行った過去の 研究をまとめた調査によると、治療内容を認識している研究とある程度しか認識していない研究を比較すると、患者や治療者が治療内容を認識すればするほど、 CBTが優位な結果となりました。
これは、バイアスが原因ではないかと強く示唆されています。
逆に、患者や治療者が治療内容を認識しなければしないほど、うつ病に対する効果がほとんどなくなります。
3. 軽症うつ病の患者が重症患者より多く、病気なのか、または性格やストレスによるうつ気分なのかが区別しにくくなります。
軽症うつの患者は希望や期待に作用されやすく、上記のように症状がある程度容易に和らげられます。
また、このような患者は重症のうつ病がはっきりしている患者と比べて効果研究に参加しやすく、客観的な結果が得られにくくなります。
結論:
1. CBTによって心理的な機能(主にマイナス思考による不快感)がある程度まで改善できる。
2. CBTはうつ病やその他精神科疾患の治療として、その効果が医学的に証明されていない。
その上、CBT効果研究のダブルブラインド(二重盲検性)を調査した研究によると、うつ病に対するCBTの効果は極めて低い。
3. CBTは、中途度より重いうつ病に対しては単独治療にすべきでない。
4.主に二重盲検効果研究の実施は不可能なため、CBTの効果研究は「根拠に基づいた医療」(Evidence-Based Medicine)とはいえず、これまでのデーターは、「統制されていない研究結果」にすぎない。
なお、抗うつ薬の二重盲検試験にも、副作用の有無によって医師と被験者に抗うつ薬と偽薬のどちらを投与したか見破られるという問題がある。
また、医薬品の単盲検試験では被験者に割付群を知らせないが、心理療法のランダム化比較試験(RCT)における単盲検では効果の評価者に割付群を知らせないという違いがある。
心理療法のRCTの問題を克服する手法も開発されており、評価者がブラインド化された研究では効果量が50〜100%高く出ることもない。
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