●不眠症について(5)
●不眠症の薬物療法(3)
非ベンゾジアゼピン系
非ベンゾジアゼピン系の鎮静催眠薬には、ザレプロン(英語版)、ゾルピデム(マイスリー)、ゾピクロン(アモバン)、エスゾピクロン(ルネスタ)などがあり、これらは軽度から中等度の不眠症に適用される睡眠薬の新しい種類である。
睡眠までの時間を改善する効果は非常に小さい。
これらはGABAA受容体複合体のベンゾジアゼピン結合部位に対して、ベンゾジアゼピンと同様の作用を示す。
非ベンゾジアゼピンは選択的に作用し、睡眠の導入に用いられ古いベンゾジアゼピンよりも副作用の特徴が低い。
ゾピクロンとエスゾピクロンは、ベンゾジアゼピンに似て非選択的に α1、α2、α3、α5 GABAAのベンゾジアゼピン受容体に作用する。
ゾルピデムはより選択的であり、ザレプロンはα1サブユニットに選択的である。それは睡眠の仕組みに対して選択的であり、副作用が少ないなどの点に対して、ベンゾジアゼピンより優位である。
非ベンゾジアゼピン鎮静催眠薬は、ベンゾジアゼピンに比べてGABAA受容体のα1サブユニットに対して緩やかに作用し、作用は中程度のため中度から重度の不眠に対しては効果が期待できない。
しかし、これらの非ベンゾジアゼピン系の薬がベンゾジアゼピン系に優れているかどうかについては議論がある。
これらの薬も精神的依存、身体的依存を起こすと考えられており、従来のベンゾジアゼピンよりは小さいながらも、記憶と認知の障害や起床時の沈静を起こす。
アルコール
アルコールは、不眠症の自己治療の形で入眠のために広く用いられている。
しかし入眠のためのアルコールの使用は、不眠症の原因となる。
アルコールの長期的な使用(英語版)は、 非REM睡眠(英語版)のステージ3と4の睡眠の減少と、レム睡眠を抑制し断片化させる。
睡眠の段階の間を頻繁な移動が生じ、頭痛や尿意、脱水[要曖昧さ回避]、発汗のために覚醒することになる。
飲酒によってグルタミン反跳(リバウンド)も起こる。
アルコールは身体の作る天然の覚醒剤であるグルタミンを阻害する。
飲酒を中止すると、必要以上にグルタミンを生成する。
グルタミン濃度の上昇は脳を覚醒するため、飲酒者は入眠や最も深い睡眠に達するために飲酒を続けるようになる。
慢性的な飲酒を中止すると、明晰夢を伴う深刻な不眠症状を引き起こすことがある。
離脱の期間中のレム睡眠は、典型的な反跳作用の亢進の一部である。
睡眠薬とアルコールの併用は原則禁忌である。
抗うつ薬
抗うつ薬のうち、アミトリプチリン(トリプタノール)、ドキセピン(英語版)、ミルタザピン(レメロン、リフレックス)、トラゾドン(レスリン、デジレル)などは鎮静作用を持ち、それらは不眠症の治療に処方される。
アミトリプチリンとドキセピンには、抗ヒスタミン作用、抗コリン作用作用、また抗アドレナリン作用があり副作用の特徴の原因になっており、ミルタザピンの副作用は主に抗ヒスタミン作用であり、トラドゾンの副作用は主に抗アドレナリン作用である。
一部は睡眠構築(英語版)を変化させる。
ベンゾジアゼピンと同様、抗うつ薬を不眠症の治療に用いた場合、離脱の影響につながる;反跳性不眠を引き起こす。
ミルタザピンは、睡眠潜時を減少させ睡眠の効率を高め、うつ病と不眠症の両方を持つ患者において、睡眠時間の総量を増加させることが知られている。
しかしまた、SSRIや三環系の抗うつ薬は睡眠障害の原因となる周期性四肢運動障害を誘発したり悪化させることがある。
メラトニン
メラトニンは、松果体で合成されるホルモンであり、睡眠サイクルを制御している暗所や、通常は夜間に血中に分泌され、睡眠のサイクルを制御している。
ラメルテオン(ロゼレム)は、メラトニンと同様にメラトニン受容体に作用し、その研究結果は良好である。
ラメルテオンとタシメルテオンは、メラトニンのリズムを変えて、明らかな否定的な影響なく睡眠時間を増やす。
乱用の証拠はほとんどなく、しかし、メラトニン系のたいていの薬剤は、長期的な副作用については、まだ充分には明らかではない。
FDA(米国食品医薬品局)は、現時点では全てのリスクが明らかではないとして、ラメルテオン以外の薬品を承認していない。
ラメルテオンを服用する場合は、寝る直前に服用するのが良い。
ラメルテオンは、日本とアメリカで販売されている。
ラメルテオンは、他の不眠症治療薬による治療歴や、精神疾患の既往がある場合には効果が確認されていない。
研究によれば、自閉症スペクトラム障害、学習障害、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、また他の関連した神経疾患の子どもたちに、メラトニンの使用が有益である場合がある。
こうした子どもたちは、病気のために睡眠の問題をしばしば持っている。
例えば、ADHDの子どもには、多動性による入眠障害があるため、日中の大半の時間は疲れた状態にある。
ADHDや、前述の他の障害を持っている子供たちは、眠るのを助けるために就寝前にメラトニンを服用すれば、睡眠のサイクルが制御できる。
メラトニンは、アメリカやイギリスでは医薬品ではなくサプリメントとして市販されている。
他の国では医薬品として販売されている場合がある。
日本では個人輸入によって入手できる。
メラトニンは、忍容性が高く依存性がない。
ベンゾジアゼピン系の使用に抵抗のある小児科でも用いられてきた。
抗精神病薬
不眠症に対する抗精神病薬の低用量の使用は、一般に推奨されておらず、利益に関する証拠はほとんどないが、有害な副作用の懸念がある。
副作用に関する懸念は、高齢者でのほうが大きい。
アメリカ精神医学会(APA)は、成人の不眠症に対し抗精神病薬を継続的にファーストライン治療としてはならないと勧告している。
抗精神病薬は、遅発性ジスキネジアやアカシジア(静座不能)といった睡眠関連運動障害の原因となることがあり、またむずむず脚症候群や、周期性四肢運動障害を誘発させたり悪化させることがある。
統合失調症患者における抗精神病薬は、しばしば、寝つきの悪さ、中途覚醒、睡眠の質の悪化、過眠など睡眠障害の原因になる一方、ヒスタミン受容体やセロトニン受容体に拮抗作用のある定型、非定型抗精神病薬は鎮静作用があり、中でもリスペリドンやオランザピンなど5-HT2受容体(5-HT2 receptor)により選択的に拮抗する非定型抗精神病薬は統合失調症患者の睡眠の質、量、寝つきを共に改善させ得る。
セロトニン5-HT2受容体に選択的に拮抗する抗精神病薬のヴォリナンセリン(英語版)などが不眠症の治療の目的でも調査されている。
漢方薬
漢方薬においては、いわゆる睡眠導入剤は存在しない。
不眠症への漢方処方では、全身状態への改善により自然な眠りが訪れるよう調整する(日本睡眠学会および厚労科学斑は不眠症に対して漢方薬の有効性エビデンスは確認されていないとしている)。
神経過敏による入眠障害 疲労困憊によるもの → 酸棗仁湯、加味帰脾湯
イライラの強い場合 → 抑肝散、抑肝散加陳皮半夏
入眠困難に対して不安が強いもの → 香蘇散、半夏厚朴湯、桂枝加竜骨牡蠣湯。体格が良ければ黄連解毒湯
疲労が続いている場合で頭だけが冴えているような場合 →酸棗仁湯
不安感・イライラの強い場合 →抑肝散
抑うつ傾向を伴う不眠 悲壮感の強いもの →加味帰脾湯
反応性抑うつ状態 →四逆散
硬い感じのもの →半夏厚朴湯
無欲様な感じ のもの →香蘇散
神経症性不眠・神経質性不眠の患者で睡眠導入剤の依存傾向を作りやすい場合、漢方薬が第一選択肢。
睡眠導入剤から漢方薬への切り替えは困難なことが多いが、2−4週間以上の時間をおいて行うべきである。
経過の判定には4週間以上を見る必要がある。
代替薬
いくらかの不眠症患者は、バレリアン[要曖昧さ回避]、カモミール、ラベンダー、大麻、ホップ、アシュワガンダ、パッションフラワーのようなハーブを使用している。
バレリアンについては複数の研究があり効き目が穏やかなように見える。LL-アルギニン、L-アスパラギン酸、S-アデノシル-L-ホモシステイン、デルタ睡眠誘発ペプチド(Delta sleep-inducing peptide、DSIP)も、不眠症の緩和に役立つかもしれない。
『精神薬理学』(Psychopharmacologia)に掲載された1973年の研究では、経口投与されたTHCが9人の健康な被験者で睡眠潜時と睡眠の中断の頻度を有意に減少させた。
『麻酔と鎮痛』(Anesthesia and Analgesia)に2010年に掲載された研究では、線維筋痛症の患者の睡眠の質の改善において、合成THCは抗うつ薬のアミトリプチリンよりも有効であった。